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御津町商工会

⑥ 中佐脇村

中佐脇村という集112.jpg落は、現在はありません。昔、上佐脇・中佐脇・下佐脇という3つの村が存在していました。古老の話では、その辺は、水害がひどく、中佐脇村の半分が下佐脇村へ、残りの半分は、上佐脇村と、為当村へ所属変えになったとのことです。
旧村内には、正眼庵と自光寺(慈光寺)の2ヶ寺と、若宮八幡宮がありました。明治21年の地誌には、「これ中佐脇村の氏子宮にして」と明記されています。この神社は、村がなくなった後も、字六反畑にあり、その付近を若宮と呼んでいます。慶長検地帳にも、若宮の地名が載っています。大林一門の氏神で、8月15日の祭礼は、たいへんに賑わいました。明治初年に大林房治家に遷されました。
正眼庵は、今の竹本鉄工所の東北にあり、地名が残っています。下佐脇の正眼寺は、永正7年(1510)の創立となっていますので、この頃に移転したものと考えられます。
自光寺の方は、500年ほど前に、新城市の宇利村へ移転したと伝えられていますが、確証がありません。
上佐脇の酉新屋に接した1町歩くらいの土地を今でも中佐脇と呼びならわしています。

       みと歴史散歩❸音羽川の周縁 平成12年2月発行より