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御津町商工会

⑬旧豊川電話装荷線輪用櫓

野口町の東三河環状線を歩くと、ぽつんとある鉄筋コンクリート製の櫓が視界に入る。この櫓は、わが国最初の長距離市外電話用ケーブル施設として使用された、電話装荷線輪用櫓である。
装荷線輪用櫓は、昭和3(1928)年に東京~神戸間に開通した、長距離市外電話装荷ケーブルの音声信号の減衰を補うため、電話中継所間に、1830m間隔を基本として建設された。装荷ケーブルには地下式と架空式があるが、豊川電話中継所周辺は装荷ケーブルの架空率が高く、この櫓以外にも同型の櫓が隣接する豊橋市内に2箇所現存する。戦後、無装荷ケーブルの普及に伴い、装荷ケーブルの回線は順次分断され、主としてローカル回線に使われるようになった。県内には、今も100箇所余りの場所に装荷線輪が設置されているが、そのほとんどは地下のマンホール内にあり、鉄筋コンクリート製の櫓が現在も使用されている場所は存在しない。
昭和27(1952)年の豊川電話中継所廃止後、装荷線輪は取り外され、現在は畑地の中に櫓が残るのみであるが、トヨテック本社社屋(旧豊川電話中継所)とともに、装荷ケーブル方式による長距離市外通話が使われていたことを今に伝える数少ない産業遺産といえる。

   豊川の歴史散歩:❺三河天平の里から財賀・萩の山あいを行く 平成25年10月発行より